地球温暖化による高温はアオウミガメに悪影響の可能性 ―培養細胞を使い、温度上昇によるアオウミガメへの影響を予測―

掲載日2025.03.17
最新研究

理工学部 化学?生命理工学科 生命コース
教授 福田 智一
細胞工学、分子遺伝学

アオウミガメの生息地では地球温暖化による気温や海水温の上昇が確認され、アオウミガメへの影響が問題視されています。国立環境研究所、認定NPO法人エバーラスティング?ネイチャー、北海道大学、岩手大学らの研究チームは、高温により、アオウミガメの培養細胞においてDNA損傷が誘発され、アポトーシスという自発的な細胞死に誘導されることを明らかにしました(図1)。本成果は、地球温暖化による温度上昇が、アオウミガメに悪影響を及ぼす可能性があることを示しています。また、アオウミガメが温暖化対策を進める上で優先順位が高い種の一つであることを、科学的論拠を持って示すものです。
本研究の成果は、2025年1月14日にElsevier社から刊行される学術誌『Comparative Biochemistry and Physiology Part C: Toxicology & Pharmacology』に掲載されました。

図1 本研究概要

1. 研究の背景と目的

地球規模で温暖化が進行しています。地球温暖化は、生物多様性、ヒトや動物の健康、食糧生産などに多大な影響を及ぼす大きな課題と考えられています。地球温暖化の影響の一つとして、ヒトを含む動物への熱ストレス等を介した高温の直接的な影響が挙げられます(注1)。これまでの研究で、夏季の高温がヒトの健康に悪影響を及ぼすことや、高温による熱ストレスがニワトリに悪影響を及ぼし、産卵率の低下など家禽産業に経済的な損失をもたらすことが報告されています。一方で、ヒトや家禽とは対照的に、野生動物に対する高温の直接的な影響については、まだ十分に検討されていません。
本研究では、アオウミガメ(Chelonia mydas)に焦点を当てました。アオウミガメは、IUCNのレッドリストで絶滅危惧種に指定され、積極的な保全が必要な種です( https://www.iucnredlist.org)。アオウミガメは、世界中の熱帯から温帯海域に広く生息していますが、アオウミガメの生息地では海水温の上昇が確認されています。例えば、アオウミガメの生息地である米国フロリダ州では、海水温が水深1.5mで約38℃(100°F)まで上昇しています( https://edition.cnn.com/2023/07/25/us/florida-ocean-heat-coral-bleaching-climate/index.html)。このような海水温の上昇は、個体数の急激な減少を引き起こし、生態系に大きな影響を及ぼす可能性があります。したがって、温度上昇がアオウミガメに及ぼす影響は、喫緊に予測が必要な問題です。また、オーストラリアのグレートバリアリーフやマレーシアでは、海水温の上昇により、アオウミガメの雌の出生比率の上昇が報告されています(注2)。この報告は、アオウミガメにおいて、高温が野生生物に直接影響する機構が存在する可能性を示すものです。
このような背景のもと、本研究では、温度上昇がアオウミガメの生体に直接及ぼす影響を解明することを目的としました。

2. 研究結果と考察

温度上昇がアオウミガメの生体に直接及ぼす影響を解明するために、絶滅危惧種であるアオウミガメを個体レベルで実験に使用することは困難です。そこで本チームは、死亡個体から取得したアオウミガメの培養細胞を利用することとしました(図2)。生物学的に生体を構成する最小単位である細胞は、死亡個体から取り出して、培養細胞として利用することが可能です。したがって、培養細胞は絶滅危惧種であるアオウミガメであっても、個体レベルにおける高温の影響の予測に利用することが可能です。本チームは、アオウミガメの筋肉由来の培養細胞を利用し、高温が及ぼす影響を解析しました。
本研究では、アオウミガメの培養細胞を37℃で培養すると細胞増殖が抑制され、最終的に細胞死が起こることを明らかにしました。また、細胞死が起こる原因がアポトーシスであることも明らかにしました(注3)。このような現象は、30℃では確認できないものの、33℃でも細胞増殖の抑制とアポトーシスが確認されました。この結果は、アオウミガメにおいて、細胞レベルで高温が悪影響を与えていることを示唆します。さらに、解析を進めると、37℃での培養がアオウミガメ細胞のDNA損傷を誘発していることが明らかになりました(注4)。DNA損傷はアポトーシス誘導の重要因子です。したがって、高温により誘発されたDNA損傷により、アオウミガメ細胞がアポトーシスに導かれ、最終的に細胞死が引き起こされている可能性が示唆されます。これらの結果は、37℃という高温がアオウミガメに悪影響を及ぼし、健康上の問題を引き起こす可能性を示唆するものです。

図2 アオウミガメの筋肉から取得した培養細胞 A:取得した培養細胞 B:取得した培養細胞の蛍光染色像。赤は細胞を構成するアクチン、青は細胞核を示す。

3. 今後の展望

本研究の結果は、アオウミガメが地球温暖化の影響を受けやすく、温暖化対策に取り組むべく優先順位が高い種であることを示唆します。アオウミガメに対する地球温暖化による影響を最小化するために取りうる対策として、モニタリングの強化と、遺伝的多様性の保全のための水族館などの飼育施設における高温域個体群の生息域外保全の推進が期待されます(注5)。モニタリングと生息域外保全はともに、多大な費用と人員が必要です。したがって、アオウミガメを含めた全ての種を対象とすることは容易ではありません。本研究で得られた情報は、科学的論拠を持って、温暖化対策を取るべく種の優先順位を決定する上で有益な情報を提供するものと考えています。
また、培養細胞は、高温などの環境因子に対する分子応答を理解する上で有用なツールです。国立環境研究所では生息域外保全の一環として培養細胞の保存を進めています( https://www.nies.go.jp/biology/aboutus/facility/capsule.html)。今後、アオウミガメを含めた様々な野生動物種の培養細胞を用いることで、野生動物を大量死に導くリスクがある温暖化、汚染物質、感染症といった様々な課題の解決に有益な情報の取得が期待されます。

4. 注釈

  1. 熱ストレス等を介しての、高温の直接的な影響
    熱ストレス:高温により生体内に発生するストレス。
    温暖化による影響は、高温そのものが直接生物に及ぼす影響(直接的な影響)と温暖化による高温により生物を取り巻く環境に影響を及ぼし、生物に間接的に及ぼす影響(間接的な影響)の両方が考えられる。
  2. 海水温の上昇により、雌の出生比率の上昇も報告
    ウミガメ類は胚発生時の温度により雌雄が決定することが知られている。地球温暖化の結果、オーストラリアのグレートバリアリーフやマレーシアでは、雌の出生比率の上昇が報告されている。このことから、温度そのものが、アオウミガメの胚発生時に直接影響していると考えられる。
  3. アポトーシス
    細胞死の一つ。様々な因子により誘発され、個体レベルにおける良い状態を保つために、引き起こされる細胞死。自ら死に誘導するため、プログラム細胞死として知られている。
  4. DNA損傷
    DNAの化学構造の変化。DNA損傷はアポトーシスを引き起こす要因の一つとして知られている。また、ヒトを含めた生物の疾病等を誘発することも知られており、健康への悪影響を引き起こす要因としても知られている。
  5. 生息域外保全
    保全は、大きく分けて生息域内保全と生息域外保全に大別される。生息域内保全は、保護区設置に代表されるような保護対象種の生息域での保全を指し、生息域外保全は、保護施設や凍結保存細胞など保護対象種の生息域外での保全を指す。生息域内保全と生息域外保全を一体として取り組み、絶滅危惧種の保全効果を革新的に高める統合型保全策「ワンプランアプローチ」の重要性が提唱されている。

5. 研究助成

本研究の一部は、環境省?(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20214R02)により実施しました。

6. 発表論文

タイトル:DNA damage triggers the death of green sea turtle-derived cells at high temperature
著者:Masafumi Katayama*, Satomi Kondo, Manabu Onuma, Shouta M.M. Nakayama, Tomokazu Fukuda
片山雅史、近藤理美、大沼学、中山翔太、福田智一
*はcorresponding author
掲載誌:Comparative Biochemistry and Physiology Part C: Toxicology & Pharmacology
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1532045625000080?via%3Dihub
DOI: 10.1016/j.cbpc.2025.110127

7. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所生物多様性領域生物多様性資源保全研究推進室 研究員 片山雅史、室長 大沼学
認定NPO法人エバーラスティング?ネイチャー 調査研究員 近藤理美
北海道大学大学院獣医学研究院 准教授 中山翔太
岩手大学 大学院総合科学研究科 教授 福田智一